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愛はジャスト

You never do it on!!

私とHey!Say!JUMP

こんにちは。以前まで「おいおい君たち仲良しにも程があるだろファーーーwww」とつい持ち前の物事を斜に構えて見てしまう私の汚れっちまった部分が顔を出し、シャッフルの際に飛ばされがちだったViva!9's soulですが、カウコン以降は積極的に選曲し「美しき絆かな…」と心の中で合掌すると共に合いの手まで完璧になってしまった私です。

正直ハマりたてホヤホヤの頃は「ビジネス仲良し乙w」みたいな冷めた目で見てしまっていた部分もあったのですが(ひねくれた人間なので芸能人の仲良しは全て穿った目で見てしまいがち)、JUMPちゃんって本当に仲良いよね…?もともと仲悪いとは思ってなかったけど彼ら度を超えてわちゃわちゃしてるよね?かなり仲良しだよね?それともこれが噂の盲目状態ってやつなんですか?(困惑)

 

さて話は変わりまして、今日は"私とHey!Say!JUMP"という小学校の卒業文集のようなタイトルの通り、JUMPとの馴れ初め的なものを振り返ってみたいと思います。「それって一発目、もしくは二発目の記事で書くことじゃね?」とかなり今更感はありますが、私のブログだからいいのです(開き直り)!というか本当はもっとらじらーや番組の感想をカジュアルに書こうと思って始めたブログだったのに全然出来てないですね…。まぁいいや、ではスタート!

 

はじまり

私がHey!Say!JUMPというグループを知ることになったきっかけは、遡ること9年前、Hey!Say!7Hey!Say!という曲を耳にしたことが始まりでした(その頃は7とJUMPの区別がついておらず、ハマりだしてから初めてJUMPと7が違うグループであることを知りました)。

そうです、「僕らは平成Only!昭和でSHOWは無理!」という巷で物議を醸したあの歌詞が含まれているあの曲です。当時のワイドショーでその歌を聞いた街の反応みたいな特集をやっており、インタビューされた大人たちが額に青筋を走らせながら「平成生まれは世間を舐めてますねぇ…」と憤慨する様子を見て、7くん達とド直球同世代の私は「ちょ、ちょっとぉ~!平成生まれがみんなこんなこと思ってるわけないッスよ!風評被害風評被害!」とご機嫌取りに走っていました(心の中で)。不気味な子供ですね。

また当時の私はというとBUMPやアジカンをはじめとする所謂ロキノン系大好きっ子で、藤くんの「俺ら、ブラウン管の前で評価されたくないから」という名言に酔い痺れてはレム*1に聴き惚れ、Gッチの「俺たちがファンクラブを作らないのは、みんながFCという括りに縛られて他の音楽に触れる機会を減らしてほしくないから」というよく考えたらそれとそれは関係なくね?みたいなおっとっと並に空洞の理論*2にも感銘を受け、「やっぱり邦ロックは最高!それ以外はクソ!」みたいな絵に描いたような排他的な思想を築き上げてしまっていました。なので去年の紅白にBUMPが出ると知った時は色んな意味で感慨深かったです。それから程なくしてやっぱり今聴くべきは洋楽じゃね?みたいな中二病定番の潮流が漏れなく私の中にも生まれ、メジャーな洋楽バンドを漁りまくったあと、中学二年生になると急転直下でヴィジュアル系にドハマりしそれ以降は世間の流行から隔絶された世界で生きることになりました。彼らは普通のテレビや雑誌に出ない(出れない)からわざわざチェックする必要もなかったし、その上途中から解散済みの90年代のバンドばかり愛聴するようになったので更にメディアをチェックしなくなりました。そしてこの隔絶 from ワールドな状態は高校卒業まで続きました。

 

再会(一方的な)

大学に入学すると以前よりも時間と心の余裕が生まれ、テレビを眺めたり雑誌を読んだりして過ごすことが増えました。元々あまりドラマを見るタイプではないのですが、当時フジで放送されていたファーストクラスをなんとなく見始めてから気に入って、毎週楽しみに見るようになりました。で、ここで圭人ですよ。いやに発音の流暢な役者さんがいるなぁと興味深く見ていたところ、エンディングのテロップで岡本圭人(Hey!Say!JUMP)という文字を見つけ「えっ、この人ジャニーズだったのか!しかもHey!Say!JUMPってあの昭和でSHOWは無理の…(ゴクリ)」と衝撃を受けたことをよく覚えています。7年のブランクがあってもHey!Say!JUMPという文字を認識した途端に歌詞が自動再生されるんだから相当なインパクトだったんですよ、あの歌。私が記憶喪失になったら四の五の言わずにまずHey!Say!を耳元で流してほしい。因数分解くらいまでは自力で思い出せそう。・・・ということで7年の時を経て私とJUMPを初めに繋げてくれたのは圭人だったのです。

また後日ヒルナンデスでオリラジとロケをするガリガリのイケメンを見つけ「この人カッコいいけどプライド高そ~ぉ」と最初こそマイナスな目で見ていたのですが、なかなかノリよくふざけスベる彼の一生懸命な姿を見て「なかなかやるやん」と好感度はうなぎ上り。あと八乙女という名字になんとなく見覚えがあったのですが、多分小学生の頃にYa-Ya-yahの番組を見ていたからですね。同じ理由で薮くんにも微かに見覚えがありました。で、番組内でまたもやHey!Say!JUMPの文字を見つけ「この人もヘーセージャンプか、私の知らない間に昭和でSHOWは無理の人たち(しつこい)はすっかり人気者になっていたのだなぁ」と浦島太郎のような感想を抱きました。ここで一つ謝りたいことがあるのですが、ヒルナンデスは結構よく見ていたにも拘らず何故だか有岡君の印象がありません。姿は目にしていたはずなんですが…。卓越したリアクションとトーク力で熟練のタレント達に馴染み過ぎていたのでしょうか。

 

そしてオタクへ…

そんな調子でファーストクラスが放映された2014年からオタクと化した現在まで何らかの形でHey!Say!JUMPの名前を常々目にしてきていたのですが、決定打となったのはこれまで何度も言ってきたように24時間テレビです。これについては以前サーバーが落ちそうなほど重く熱く語ったので割愛します。

inqoll.hatenablog.jp 

 

と、自分の話ばかりでお送りしましたが大体こんな感じです。

長いファンの方の話や自分の体感、そしてメンバーの活動状況から顧みるにJUMPちゃん達が推され始めたのってやっぱり2013年後半あたりからなのでしょうか。自分が今まで応援していたものから手を引く理由として最も多かったのが、私しか知らなかったようなマイナーなものが徐々に売れ始めて多くの人に認識されるようになった途端冷めてしまう、というクソみたいなパターンばかりだったのでこの理由でJUMPちゃんを応援しなくなるということはまず考えられないでしょう。ジャニーズからデビューしてる時点で全くマイナーではないですし。そして、ノリにノリ始めたものを好きになるという体験も初めてでして毎日泉のように湧いて出てくるメンバーの新しいお仕事情報に非常にわくわくしています。好きなものはこっそり一人で堪能したい会名誉会員みたいなところがある私ですが、ここまで来たらもっともっと売れてほしい。なぜなら売れるにつれて自ずとタレント側の裁量も大きくなるだろうし、今よりもっと自分の特技を活かせるお仕事が出来るようになるはずだからです。お察しいただけてるかと思いますが、私はもっともっと伊野尾ちゃんに建築のお仕事が来てほしいのです。先日のボンビーガールを見て伊野尾ちゃんが建築アイドルのパイオニアとして名を馳せる日もそう遠くないと確信しました。

と、新規が長々と語ってしまいましたが、売れいてる/売れていないの判別方法のひとつとして、冠番組が全国放送されているか否かというのはそこそこ有力な指標になるかと思います。ので、一刻も早く全国にお届けしてほしいです。いたジャン不通の発展途上県から愛を込めて~

*1:BUMP OF CHICKENの曲です。暗い曲です。

*2:ファンの方いたらごめんなさい、私は今でもアジカン聴きますし好きですので許して下さい。