愛はジャスト

Sexy Thank You to the World(by 中島健人)

中島健人は王子様キャラじゃない

中島健人は王子様キャラじゃない。王子様だ。

中島健人は時代に逆行しない。あるのは時代が彼に追い付くのみだ。

中島健人神対応をしない。たとえ機械が機械的な対応をしても「機械対応」などと特筆しないように、神が神的な対応をしてもそこにはただ"神が対応した"という純粋な事実が残るのみだ。"中島健人"とは神そのものであるため、その対応に「神」という過剰な修飾は不要なのだ。即ち「中島健人神対応」とは「頭痛が痛い」と同等の重言である。

 要するに、我々が僭越ながら"中島健人"という存在を語る時、弱り腰な濁しや曖昧なぼかしは全く意味を成さないのだ。そんな小手先のトリックなど、彼を前にすれば風の前の塵に同じ。或いは、大海の一滴、九牛の一毛。そんなものは中島健人という尊大な存在には何の影響ももたらさない。ゆえに些末な言葉尻の保険などは今すぐ掛け捨てに切り替えてドブにでも捨ててしまうべきなのだ。また、ある人は彼を見て「国破れて山河あり」と預言する。いずれ全ての人々が気が付くであろうが、現在世間が嬉々として貼り付けている"キャラ"とか"~的"とか、そういう作為に満ちたレッテルは中島健人の前では悲しいほどに無力だ。そして全てが剥がれ落ちた後、そこに残るのは圧倒的な輝度で地上を照らし包む、神としての中島健人のみである。

ゆえに我々信徒は敬意と畏怖を込めてをこう呼ぶ。

中島健人は王子様であり、時代のパイオニアであり、神である、とーーー。

(中島ファミリアス教会のとある信徒の手記より抜粋)

 

さあ、そろそろ宗教法人税を徴収されても黙って財布を開くしかないレベルで中島ファミリアス教会の忠実な信者としての信心が高まりまくっている私ですが、事の発端はこのネットニュースでした。

headlines.yahoo.co.jp

 読み終えた後、「ウッ…ついにケンティーの積年の努力が報われたッ…!!」とはらはらと落涙してしまったのは言うまでもありません。のっけからあんだけ突っ掛かっといて今更と何をと鼻白まれること安請け合いですが、こんなにたくさんの人の目に触れる場所でケンティーを褒めてもらえて本当〜に嬉しかったです。今後も好意的なニュースを何卒よろしくお願いします!(Yahoo!に対する熱い媚)

 

 さて、この記事のタイトルにもした中島健人は王子様キャラじゃない」という持論についてですが、冒頭にも書いたようにケンティーは王子様"キャラ"ではないんですよ。"王子様"という言い切り形なんですよ。

「えっ…一緒じゃん…?」という他教徒からの冷笑と窓からの隙間風を同時に受けて身も心も冷える2月の候ですが、"王子様"と"王子様キャラ"って全然違うから。例えるなら天然と養殖、本ズワイ蟹とカニカマ、もっと言うなら鯛とたい焼きくらい違うから。全くの別物だから!!

 この”王子様キャラ”と言われることについて、ケンティー自身もあるインタビューでこう答えています。

ーーー普段のSexy Zone中島健人っていう王子様キャラも、全部そこにつながってるものなんですよね。

健人「そうかもしれないです。その王子様キャラっていう概念がちょっと僕自身にはわからないものなんですけど(笑)…必然的にそういうふうになっていった感じではあったと思います。*1

と。

このように、自分でも気付かないうちに「王子様」の概念を自然的に備えてしまったのが我らが中島健人なのです。ケンティー自ら「王子様に、俺はなる!」とどこぞの海賊王のように鼻息荒く「王子様」という財宝を捜しながら生きてきたのではなく、彼が美しいと感じること・善だと信じることを愚直に実践していった結果が、たまたま世間でいうところの「王子様」という概念と一致していたというだけの話なのです。なので、彼の人柄をして評する際に王子様"キャラ"と表現するのはいささかナンセンスであるということを知っておいてほしい。そもそも王子様なんて例えキャラだとしてもなろうと思ってなれるもんじゃないです。キャラとかいう発想自体が不敬罪でありマリウス!!

 

 また、ケンティーを対外的に説明する際、「王子様キャラ」「神対応と並んで三種の神器のように恭しく登場するのがいわゆる「甘い言葉」ですが、ああいった言葉がまるで魚類の産卵の如くポンポンと出て来る理由は、彼の持ち前の強烈なロマンチシズムだけに拠るものではないです。彼が空前絶後のナルシストだという事実を差し引いても、そこにはそれ以外の理由がある。彼は「甘い言葉」がキャッチーで、面白くて、愉快で、ちょっと滑稽で、メディアや世間が求めている"笑い"に繋がることを理解しすぎるほど理解しているように見えます。

 実際に、「僕は自分が温かくなるよりも人を温めたいほう。そういう意味では僕が"温ティー"になればいいのかな?温ティーは笑っちゃうくらい甘い言葉を囁きます。笑えばあったかくなるでしょ?*2と話すなど、甘い言葉が明るい笑いを誘発させることをよく心得ています。また、先述した『Cut』のインタビューの続きでは以下のように語っています。

「Jr.の頃から、ファンのみんなが喜んでくれる言葉を、他のJr.とは違うかたちで言ってやろうっていう気持ちはすごくありました。でも、それでいろんなことを言ってジャニー(喜多川)さんに『ユー、気持ち悪いよ』とか『ユー、最悪だよ』とか怒られながら今があるんだと思うんです。」 

(中略)

「でも、これも試練のひとつだと考えて、誰かを喜ばせたその先に、きっといい景色が待ってるんじゃないかなって。」

 この他にも数々の発言や振る舞いから、ケンティーが「甘い言葉」を囁くのは「他人を喜ばせたい・笑顔になってほしい」という思いが強くあるからだということが手に取るように分かります。でも笑いを取りに行っているからといって、これらの「甘い言葉」自体に嘘偽りはありません。彼が本気で思ったことや感じたことを目の前の人に率直に伝えているだけです。普通の人なら自分が真剣にやっていることを衆人環視の中で笑われたりドン引きされたりしたら怒ったり悲しんだりするでしょう。でもケンティーはそれが他人の笑顔に繋がるのなら、自ら進んで道化になるのです。それが中島健人なのです。だから「キモい」と言われるより何よりスベることが怖いのだと思います。

 また、彼が弱冠19歳の時に自ら作詞した聖歌・"CANDY ~Can U be my BABY~"の中にも「君が泣いてる時間 笑わせるよ?I'll be your CLOWN」という一節があります。CLOWNとはそう、ピエロ。この頃から既に「人に笑顔にさせたい」という信念のもとアイドル活動に取り組んできたことが窺えます。ある折にももちこと嗣永桃子さんが「バラエティだと他人を下げて笑いを取るって一般的だけど、アイドルは他人を下げちゃいけないと思うんです。それだったら私は自分を思いっきり上げることで笑いを取りたい」と自分のアイドルとしてのスタンスについて語っていたのを聞いて非常に感銘を受けたのですが、ケンティーのアイドルとしての信念も彼女のそれに近いのではないかなぁと個人的に思います。

 この"笑われること"についてケンティー本人はこのように語っています。

ジャニーズに入ってそろそろ10年になるけど、ずっと笑われてきたんだよ。でも笑われ抜いた先に、しっかりとした居場所はあったかな*3。 

もうこんなの涙なしには読めなくないですか?(滂沱の涙)あの顔とスタイルで生まれ、歌・ダンスなどアイドルとしての素質にも十分すぎるほど恵まれた彼です。わざわざ気持ち悪いと無下にされたりバカにされて傷つくリスクを負ってまで人気を追い求めなくても、人気の方からクラウチングスタートしてやって来るような無敵の条件を揃えた人です。そんな彼の、ファンや周りを喜ばせたいというひたむきな一心から、時に道化となり、芸能界という戦場で歌い踊る姿をエンターテイナーと呼ばずに何をエンターテイナーと呼ぶのか。

 

 中盤からつい別の話題に飛び火しましたが(何故なら永遠に褒めるところが見つかるから)、2018年に入りゴチの新レギュラー抜擢、24時間テレビのメインパーソナリティー就任、LINEツムツムとAOKIの二期連続CM決定など、Sexy Zoneとしても中島健人としても目覚ましい活躍を見せる彼の未来が明るいものであることを願うばかりです。

Sexy Thank You to the World and,Sexy Thank You to Kenty!!!

*1:『Cut』2017年7月号 37ページより。

*2:『anan』2082号 113ページより。

*3:『Myojo』2018年3月号 30ページより。