"担"と言えない

ジャニーズという名のエメラルドグリーンの海で溺れ始めて早半年、"魂"・"野鳥の会"・"スペオキ"など独自の言語的発展を遂げてきたファン文化の豊かさに日々感心する私です。おもしろジャニオタ用語ダービー in 私ではこれまで"野鳥の会"が単独首位を独走し不動のトップを守り抜いておりましたが、近ごろ彗星のごとくダークホースが登場し私の中で話題となりました。それは"ジョンズム"です。ジャニオタ雑誌名略しすぎ問題としてそろそろ夜ふかしに取り上げられてもいい頃合いなのではと思っているのですが、その際には是非とも大トリにジョンズムを起用してほしい。ジャニオタ以外のどこの誰にテレビジョンズームをジョンズムと略すだなんて想像出来るだろうか。テレビ誌なのに「テ」「レ」「ビ」のどの文字も選抜入りさせないというテレビのプライドをズタズタに引き裂くその鬼の所業や、完全に無かったことにされているズームの間にある伸ばし棒の気持ちを思うと今にも涙が出そうです。そんな屍山血河の上に成り立った最凶の略語"ジョンズム"を涼しい顔で平然と交わすオタク達の図、壮観である。もちろん私も素知らぬ顔で使った。

さて、そんな数ある専門用語の中でも"担"というのは殊に特徴的でジャニオタ文化を象徴する言葉だなぁと感じます。担とは担当の略称であり、好きなメンバーの名前の下につけて「この人を応援しています!」という意志表示の役割を果たす、いわばファンの名刺のようなものと認識しています。

ちなみに言葉のドン・広辞苑には、

たん-とう【担当】…うけもつこと。ひきうけること。担任。

と記載されていました。いやはや受験生ぶりに広辞苑なぞ開きました。

そしてここで標題の件です。そう、私は担当という言葉が使えないのです。正確には自分が使っていいのか分からないのです。

感覚の柔軟な頃からその文化になずんでいれば、玄関先では靴を脱ぐように・食後は歯を磨くように自然にそういったしきたりに馴染むことが出来るのでしょうが、不肖ワタクシ、成人してからこちら側に転がり込んで来た身です。ついつい、"担"とは一体どういう状態なのか?ファンやマニアとは違うのか?はたまた最も近いと考えられる"推し"ともまた別種の心理状態なのか?と、"担"を単なる記号として迎合する前にあれやこれやと要らぬ思考を巡らせてしまうのです。そんな"担当"の意味するところとは辞書通り、うけもつこと・ひきうけることです。セオリー通りにいくのであれば、私の担当は伊野尾くんでありいわゆる伊野尾担になるのでしょうが、果たして私は一体伊野尾くんの何を引き受けているのだろう?

真っ先に考え付いたのは、給料という名の経済ですがそれすら微々たるものですよね。これまで私が伊野尾くんに投資してきたお金なんてたかがしれてるし、どれだけ甘めに見ても伊野尾くんがコンビニでペットボトルのお茶を買う時に支払う税金(しかも一回ぽっきり)程度しか寄与出来ていないでしょう。かといって「伊野尾(くんがコンビニでペットボトルのお茶を買う時に支払う税金)担で~す!」なんてあまりにも言外に託した情報量が多すぎて言えないし、今後も全国何万人のファンのうちの一人して微力ながら財布をすり減らしていくことしか出来ないのだろうから、お金の面から支えているということだけを気持ちの柱にして担当を名乗ることはあまりにもリスキーです。なので経済としての"担"はいったん横に置いておきます。

となると私は一体伊野尾くんの何を引き受けているのだろう?という思いはますます強くなった。うっかり屋だからテレビだって見逃すこともあるし、雑誌だって毎月全種買っているわけではない。趣味の面から見るなら、ジャニーズにハマって以降もなお変わらぬペースでバンドを追い掛け続けているので、伊野尾くんだけを生活の中心に据えているわけでもない。私が"担"という言葉になんとなく抵抗を感じるのは、「それが一番です」という意味合いが強く感じられてしまうからかもしれない。もちろん"担"というのはジャニーズという枠内のみで作用するものであるし、他のジャンルには関係ないことは分かってるけど、ジャニーズ内に限定された言葉であるとしても多情な私は担当を名乗るのをつい躊躇ってしまいます。だって他のメンバーも好きだし、この人のこの面については伊野尾くんよりも好きだなぁと感じることだってある。それでも、知りたい!応援したい!活躍する姿をもっと見たい!と思うのは他のどのメンバーよりも伊野尾くんだから、そういう意味では紛うことなく一番なのですが、果たしてこれは"担"と呼べるのだろうか?またそれによって伊野尾くんの何かを請け負えているのだろうか?

…などと思考が錯綜しすぎた結果、「なんかごちゃごちゃ考えたけど私が伊野尾くんのコレを担当していますとか自負するのっておこがましくね?自分が伊野尾くんの何をどうこうっていうより、私の日常の癒し部門を担当してくれてるのは間違いなく伊野尾くんなんだからもはや伊野尾くんが私担なんじゃね?」というコペルニクス的新境地に辿り着いてしまいました。語弊はあるけど嘘ではない。

こんな調子なので、最近は担担麺を見ても「ウッ、担担麺ですら担を名乗っているのに私ときたら…」と確実に担担麺に向けるべきではない謎の悔しさでいっぱいになるのですが、まだまだ私は担を名乗れそうにありません。いつか自分の中でこれだ!という"担"の在り方を見つけることが出来たら、その時はめいっぱい"担"を謳歌したいと思います。